開かずの蔵に眠っていた、昭和の記憶
青森県内のとある集落。母屋の脇に、黒く沈んだ板壁の蔵が、ひっそりと建っていました。
蔵の主はすでに亡く、後を追うように奥さまも旅立たれました。お子さんはいません。残されたのは、長く閉ざされたままの一棟の蔵と、そこへ歩み寄ることをためらわせる、深い静けさだけでした。
ご依頼くださったのは、蔵の主の甥にあたる方です。「正直なところ、中がどうなっているのか、自分もまったく知らないんです」。そう前置きして、重い引き戸にゆっくりと手をかけられました。きしむ音とともに開いた、その瞬間——。
「……こんなことになっていたとは」。差し込む光に浮かび上がった蔵の中を見て、甥御さんは思わず言葉を失われました。
あふれる「あの時代」の品々
中は、足の踏み場もないほどでした。天井近くまで積み上げられた段ボールの山。ビールや日本酒の一升瓶が、びっしりと並ぶ木箱。色とりどりの容器、緑のドラム缶、埃を被った鍋に、古びた長持(ながもち)。破れた紙袋からは中身がこぼれ落ち、長い歳月の埃が、すべてを薄く覆っていました。
それらの多くは、昭和のバブル期に買い集められたものでした。
景気がよく、誰もが「明日はもっと豊かになる」と信じて疑わなかった、あの時代。羽振りよく、迷うこともなく、次から次へとものが蔵へ運び込まれたのでしょう。買うことそのものが、未来への期待だったのかもしれません。
けれど、蔵の主はその大半を使うことなく、静かにこの世を去っていかれました。にぎやかだったはずの品々は、いつしか主を失い、誰の手にも触れられないまま、ただ時間だけを重ねていたのです。
ものは語りません。それでも、積み上げられた一つひとつから、確かに「ここで人が生きていた」という気配が、静かに立ちのぼってくるようでした。
片付け終えた蔵に残ったもの
何日もかけて、一つひとつを運び出し、掃き清めました。
ものが消えたあとの蔵は、驚くほど広く、そして、どこまでも静かでした。節の浮いた板壁、土の匂いのする床板。がらんとした空間に残されたのは、かつてここに確かな暮らしがあったという、ただそれだけの事実でした。
甥御さんは、すっかり片付いた蔵をしばらく見つめたあと、「これでようやく、おじさんを送り出せた気がします」と、静かにつぶやかれました。
遺品整理とは(いつも申し上げていますが)、ただものを処分する作業ではありません。残された方が、故人の歩んだ時間に向き合い、その想いに一つの区切りをつけるための、大切なひとときなのだと、あらためて感じさせられました。
どう次へ手渡していくか
青森県は第一次産業が盛んな土地柄です。田舎の家には、今もたくさんの蔵が残されています。
しかし現代の暮らしの中では、蔵はどうしても使いづらく、持て余されがちです。まして後継者がいないとなれば、なおさらのこと。今回のように、長く閉ざされたまま、誰にも中を知られずに時を重ねていく蔵は、これから決して珍しくなくなっていくでしょう。
こうしたご依頼は、今後ますます増えていく——。現場に立つたびに、その実感が深まります。
大切な蔵を、大切な記憶ごと、どう次へ手渡していくか。私たちにできることを、これからも一件一件、丁寧に積み重ねてまいります。
(以下、左側が整理前、右側が整理後の写真です)










