りんご畑の家、最後の三日間 — 青森のとある実家じまい
一年越しのご依頼
東京から新幹線を乗り継ぎ、依頼主様が降り立ったのは、青森県内のとある町でした。約一年前、お母様が亡くなられ、長らく空き家になっていた実家を整理したい——そんなご依頼をいただきました。
家は昭和初期に建てられたもので、棟続きの小屋には、かつてこの土地でりんご栽培を営んでいた頃の名残がそのまま残されていました。剪定バサミ、噴霧器、選果用のカゴ、木箱——長年使い込まれた農具たちが、まるで時が止まったかのように積み重なっていたのです。
作業を始める前、私たちはいつも家の中をゆっくりと見て回ります。この日もそうでした。書棚には全集や文庫本がぎっしりと並び、押し入れには着物や普段着が季節ごとに畳まれていました。
二日半の分別、半日の搬出
分別作業には、まる二日半をかけました。搬出はさらに半日。合計三日間、私たちはこの家と向き合い続けました。二階の物置には布団や季節物の荷物が山のように積まれ、一つひとつ手に取りながら、残すもの、手放すものを見極めていく作業が続きました。

アルバムをめくる時間、包まれたままの贈答品
その間、依頼主様は別室で、アルバムや写真の束をゆっくりとめくっていらっしゃいました。急かすことは一切ありません。私たちが黙々と手を動かす横で、一枚一枚、時間をかけて向き合う——その姿がとても印象的でした。
作業を進めるうちに、あるものが次々と出てきました。包装されたままの引き出物、贈答品、お礼の品々です。開封すらされずに、丁寧に紙に包まれたまま棚の奥にしまわれていました。数もかなりのもので、その分別だけでかなりの時間を要したほどです。
依頼主様は東京都の職員でいらっしゃると伺いました。そのお話と、この大量の贈答品を重ね合わせたとき、ふと腑に落ちるものがありました。ご両親もまた、この土地で多くの方々とのお付き合いを大切にされてきた方だったのではないか——そう感じずにはいられませんでした。誰かに何かをいただいたら、すぐには使わずに大切にしまっておく。地方に暮らす人たちの、少し不器用で、けれどとても実直な人柄が、その包み紙の一枚一枚に表れているように思えたのです。
がらんとした部屋に残るもの
三日目、すべての荷物が運び出され、家の中は驚くほど静かになりました。畳の目にうっすらと残る家具の跡だけが、そこに長く暮らしがあったことを物語っています。
棟続きの小屋も、最後には何も置かれていない、がらんとした空間になりました。長年、剪定バサミの音や、収穫かごを運ぶ足音が響いていたであろう場所です。その音の記憶だけが、静かな空気の中に残っているような気がしました。
物ではなく、人柄に触れる仕事
作業を終え、依頼主様は深く頭を下げてくださいました。
運び出した段ボールの数だけ、その家の暮らしを覗かせてもらったような気がします。その家に流れていた時間や、そこに生きた人たちの人柄に、そっと触れさせてもらう——それもまた、この仕事の一部なのだと、この青森の家であらためて感じさせられました。
これからもこの町で、そうした一つひとつのご縁と向き合いながら、丁寧に仕事を続けていきたいと思います。
